コラム
2025.12.10
福祉科と科学科の生徒が協力して介護福祉のイノベーションを考える
プロジェクトCHANGE高校生グループワーク


11月26日、川崎市立川崎総合科学高等学校にて、同校の科学科2年の生徒39名と、川崎市立川崎高等学校福祉科3年生の生徒27名が合同で、介護現場の負担軽減について考え、ケアイノベーションの人材育成を目的とするグループワーク(GW)が実施されました。
これは公益財団法人川崎市産業振興財団のナノ医療イノベーションセンター(略称:iCONM)が中心となって進めている「共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)」川崎拠点プロジェクト「CHANGE」の一環として企画されたもので、少子高齢化が進むなかで若手世代を対象に課題に立ち向かう意識を醸成することを意図しています。
川崎高等学校福祉科では3年間の在学中に13週間におよぶ介護福祉施設での実習を行っており、今回参加した生徒たちも実際に業務実習を行う過程で現場に横たわる様々な課題に直面してきました。また川崎総合科学高等学校科学科の生徒の多くは理工系の進路に進みます。
この両校による合同GWを行った狙いは、労働人口が減少する中、介護福祉現場での切実な課題に対して、科学的な視点を導入した多角的なケアイノベーションを考案することにあります。
GWでは両校の生徒が混合で10班に分かれ、福祉科の生徒が現場で体験したり感じてきた介護現場での課題やニーズを挙げ、科学科の生徒がエンジニア思考でそれら介護現場の負担を軽減するためのアイデアを出し、共同で課題解決について考えを発表するという流れで進行しました。
各グループにはファシリテーターとしてiCONMの研究者や介護福祉分野の専門家が入ってアドバイスを行い、進行をサポートしました。
1時間におよぶ各班ごとのディスカッションを経て、提案された様々なアイデアを紹介します。
1班の提案
「移乗介助」と「入浴介助時の着脱」の負担軽減を目ざした提案を行いました。
・利用者をベッドから車椅子へ移乗させる手間をなくすため、ベッドと車椅子を一体化させ、切り離してそのまま利用できる構造を考案。
・入浴介助時の普通車椅子から耐水車椅子への移乗の手間をなくすため、そのまま入浴できる“水陸両用”車椅子を提案。
これにより、介助者の身体的負担を大幅に軽減し、業務効率の向上を目指します。
この発表に対し、濡れないように衣類を着脱するにはどうするのかという質問も出ましたが、今後の課題として「着脱しやすい衣類」の開発などで対応する方針を示しました。
2班の提案
・ロボットよりも安価で普及しやすい介護用アプリや専用スマホを開発。これにより、非専門職の地域住民でも介護の知識や技術を身につけやすくし、専門職や医師と連携した地域での支援体制を強化します。
・ボランティアや地域イベントを増やし、学校教育の教科書に福祉に関する内容を盛り込むことで、介護予防や福祉理解を深める機会を創出。
介護現場の人材不足と資金不足という根本的な問題に注目し、「地域全体の福祉への理解促進」をはかる提案でした。アプリの操作方法については、地域交流の機会を通じた講習会などで、利用者のケアを行うというフォロー体制も示されました。
3班の提案
・従来のナースコール通知は部屋番号のみで重要度が不明であったため、通知の重要度を高い順に示せるシステムを提案。
・各居室に監視カメラを設置し、その映像をAIで解析することで、転倒の予兆や利用者の状態変化を自動で検知。ナースコールが押される前に異常を察知し、事態の緊急度(プライオリティ)を判断して職員の携帯端末に通知する。
この提案は、ナースコールへの恐怖感や、人数の増加に伴う対応の破綻リスクを軽減し、労働環境の改善に繋がる可能性が示しており、特に認知症利用者への迅速な対応の必要性に焦点を当てました。
4班の提案
「利用者一人ひとりに向き合う時間の確保」を最重要ニーズと捉え、地域予防と現場業務の効率化を両面から提案しました。
・施設に入らず元気に暮らせるよう、服薬アラーム機能付きの「薬箱」や、血中酸素・バイタルを常に担当者に知らせるリストバンドを提案し、急変時の対応力を向上させます。
・介護職のストレス要因である排泄物の匂い対策として、クエン酸(酸性)がアンモニア(アルカリ性)を中和・無臭化する化学的性質に着目。加湿器等でクエン酸を空中に放出し、コストを抑えた消臭を実現する案を考えました。
・AIサポートが患者情報に基づいたアドバイス(例:下半身麻痺の注意点など)を逐一提供することで、介護職の精神的負担を軽減し、質の高い個別ケアを支援します。
5班の提案
・介護職員がドライヤーを持ち続けることによる手の疲れや手荒れを解消するため、壁に設置されたドライヤーを提案。壁付けのデメリットである「特定箇所しか乾かせない」点を解消するため、リモコン操作でエアコンのように風向きを調整できる機能を搭載します。
この装置によって介護職員は両手で利用者の髪を乾かす作業に集中でき、作業時間が短縮されます。その結果、職員の負担軽減と、利用者が濡れた状態から解放されるまでの時間が短縮され、風邪をひきにくくなるなどの福祉的効果が期待されます。
この発表に対して、白癬や手術歴のある利用者に対してはどうするのかという指摘に対し、着脱時などに手袋をして確認する対策が示されました。
6班の提案
介護の質的なアセスメントの向上と経営効率の改善を両立させる様々なアイデアを出しました。
・利用者の体温、興奮状態などの情報をクラウドで一元管理し、数値化することで、多職種連携や外国人職員とのコミュニケーションを円滑化し、新人教育にもAIサポートを導入。
・訪問介護の移動コスト削減のため、AIによる最適な巡回ルート検索を提案。
・ベッド内蔵体重計を開発し、寝たきりでも容易に体重測定を可能に。
・ドローンを利用した在宅介護への栄養剤配送。
・食事の残量をAIが判断し、栄養バランスを迅速にアセスメントするシステムなど。
プライバシー問題については、利用者の同意取得や、職員限定パスワード、さらには画像の匿名化技術の活用で解決を図る方針が示されました。
7班の提案
高齢化による要介護者の増加と、それに伴う人材不足を問題点として挙げ、予防と労働環境改善の二軸から各種の案を出しました。
・薬や食品による予防、要介護度が低い人向けの体操などを推進し、地域住民の介護度上昇を防ぐ取り組みを強化します。
・労働環境(3K問題・給与)の改善。
・AIを活用し、手話、筆談、文字盤などでの利用者との意思疎通を支援する技術を導入。医療・介護用語を学ばせ、自動で文字起こしができる特化型アプリを開発。
・カメラ録画により、会話内容だけでなく利用者の表情や雰囲気も確認できるようにし、質の高い状況の把握を行えるようにする。
・介護士でなくても可能な記録業務などは資格不要の補助員などを配置することで、介護士の負担を軽減する案。
8班の提案
GW8班は、介護現場の主要な課題である転倒事故、経済問題、人材不足の3点に焦点を当て、福祉と技術、社会制度の多角的な解決策を提案しました。
・転倒事故の予防と対策:
・転倒対策として、エアバッグ内蔵パジャマと柔らかい床を導入。
・介護労働者の低賃金や要介護者側の資金不足に対し、税金の使い道の再検討やベーシックインカムの導入といった社会制度の変革を提言。
・AIケア翻訳(AIがケアプランを作成)の導入で、不足しているケアマネージャーの業務負担を軽減。
・家族介護者のリテラシー向上のため、地域でのケア教育を推進し、家庭内での介護体制を強化する。
9班の提案
・立ち上がり検知システム「RISS(リス)」の開発…重量センサー付きクッションを利用し、車椅子や椅子に座っている利用者の体重を事前に計測・記録。利用者が急に立ち上がった(クッションから荷重が外れた)場合、介護職員の端末に即座に通知が届く仕組みになっている。これにより、歩行困難な利用者などの危険な立ち上がりを未然に察知し、職員が現場にいなくても事故リスクを管理します。
・介護職員が少ない際に利用者の話し相手になれる対話型AIを導入し、利用者の孤独感を解消するとともに、職員が他の業務に集中できる環境をサポートする。
システムはクッションと会話AIのセンサーで役割を分け、安全管理とコミュニケーション支援の両面から人手不足を補うことを目指します。
10班の提案
・移乗介助時の負担を減らすため、パワードスーツを導入。また、ファミレスの配膳ロボットのように、高齢者の移動を補助する移動補助ロボットを提案。ほか、腰・肘・膝などに装着するアシストサポーターの活用。
・おしゃべりロボットを導入し、利用者の声の大きさや音量に合わせた会話でコミュニケーションをはかる。
・自動でカーテンを閉め、音楽をかけ、消灯する自動安眠システムの導入。
・ベッドからの離床アラーム ほか
身体介護、コミュニケーション、記録、生活環境の多岐にわたる負担軽減策が提案されました。大規模な機械化に対して多額の予算が必要になることへの指摘もありましたが、初期費用はかかるものの、導入後の長期的な視点では、職員の負担軽減と利用者の安全な介護に繋がると結論づけました。

今回のGWを通して考えられた提案は、単に「業務をロボット化する」というだけでなく、情報共有の仕組みや化学的・物理的な環境改善、社会制度への提言など、高校生らしい斬新な発想も含まれ、一方ではすでに実用化されつつある技術に基づいた内容も盛り込まれており、AIをはじめ最新のテクノロジーへのリテラシーの高さも伺えました。
またディスカッションの中で川崎高等学校福祉科の生徒からは、「人の役に立ちたい気持ちから福祉の道を志した」、「機械でできる部分と人と人の触れ合いの中でしか出来ないことがある」といった声も聞かれ、福祉の原点を忘れない姿勢も感じられました。
GWの結果を講評した関係者からは、「発表内容が介護や看護だけでなく、経営や法制度、地域交流など多岐にわたっており、生徒たちがこれからの未来を「自分たちの問題」として真剣に考えていることが伝わってきた」(川崎市看護協会・八木美智子常務理事)との感想も述べられ、「今日の経験を糧に、未来を作る仲間として、分野が違っても今日の学びを忘れずに進んでいってほしい」(iCONMイノベーション推進チーム島崎眞氏)という励ましの言葉で締めくくられました。
会場となった川崎総合科学高等学校






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