2025.07.24

【研究室訪問】“支えるもの”の力を解き明かす ─ 細胞外マトリクスの機能に迫る─

お茶の水女子大学 ヒューマンライフサイエンス研究所 宮本研究室(動物分子細胞生物学分野)

宮本泰則教授インタビューMiyamoto Yasunori

宮本研究室ではどのような研究に取り組まれているのですか?

私たちの体は、細胞からできているとよく言われますが、実は細胞だけでなく、細胞外マトリックスと呼ばれる細胞外に不溶性の構造が形成されています。この細胞外マトリックスのはたらきにより物理的に私たちの体を支えるだけでなく、細胞の生存・維持・活動を支えています。私たちの研究室のテーマとして、この細胞外マトリックスが、組織の発生・損傷治癒・老化にどのように関わっているかを研究しています。私たちの3次元の体が円滑に活動できるのは、この細胞外マトリックスのおかげです。この細胞外マトリックスのはたらきは、いまだに解明されていないことが多く、私たちの研究室では少しでも解明できるよう日々励んでいます。

この研究はどのように役立つのでしょうか?

私は現在、細胞外マトリクスの中でも特に「ビトロネクチン」という糖タンパク質を中心に、それらが神経系や肝臓でどのような働きをしているのかを研究しています。細胞外マトリクスは、単に細胞の足場になっているだけではなく、細胞が正常に働くために欠かせない存在です。こうした仕組みを解き明かしていくことは、たとえばiPS細胞を用いた再生医療、あるいは認知症などの神経疾患の機序解明や治療に役立つと考えています。細胞の「周り」にあるものを見つめることで、これまで見えなかったことが見えてくる──そんな面白さと可能性が、この研究にはあると思っています。

研究の魅力とは?

私が研究で一番面白いと感じるのは、これまで誰も気づいていなかった仕組みや事実を見つけ出すことです。研究の世界には「流行り廃り」があり、どの時代にも注目されずに“見落とされがちな”テーマがたくさんあります。そうした中から、「実はこんなことがあるんじゃないか」と自分の視点で問いを立てて、明らかにしていく──そこに研究者としての醍醐味を感じています。たとえば、小脳におけるビトロネクチンの働きについての研究に学生と一緒に取り組んでいた時、なかなか結果が出ずに悩んだ時期もありました。正直、もうやめようかと思った矢先に、実験結果が見え始め、小脳の分化に関わっている可能性が示唆されてきたんです。その時の嬉しさは、言葉にできないほどでした。

高校生へメッセージをお願いします。

今は情報があふれていて、世間の“はやり”に流されやすい時代ですが、私はぜひ、自分の興味を大切にしてほしいと思っています。人と同じことをやるだけでは、本当に面白い研究にはたどりつけません。広い視野を持って、いろいろな分野に関心を持ち、経験の中から「自分はこれに惹かれるな」と思えるものを見つけてほしいと思っています。
私自身も、最初は漠然と「生物の研究がしたい」と思っていましたが、今取り組んでいる細胞外マトリクスの研究とは全く違うイメージを持っていました。研究者の道は一本ではありません。紆余曲折があっても、自分の興味に正直に、誠実に向き合っていれば、きっと道は開けていきます。

宮本泰則(みやもと・やすのり)

お茶の水女子大学ヒューマンライフサイエンス研究所 教授

最終学歴 筑波大学大学院生物科学研究科博士課程生物物理化学専攻修了
博士(理学)(筑波大学)
専門分野:細胞生物学、神経生物学
趣味「あまり思い当たらないのですが、しいて言えば、旅行かな?最近ですと、家族と一緒に国内だと九州、沖縄、国外だとカンボジアに行きました。」





細胞外マトリクスを深掘る研究室生活を送って

研究室所属の学生にもお話を伺いました。

山下 茉佑さんYamashita Mayu

いま取り組んでいる研究・実験内容を教えてください。

私は肝臓の病気の1つである肝障害に関する研究を行っており、なかでもビトロネクチン(VN)という、肝臓で多く作られるタンパク質の役割に注目しています。VNとは、肝硬変などの病気において量が増えることが知られており、肝臓に何らかの影響を与えることが知られていますが、詳しい働きはまだ解明されていません。そこで本研究では、VNの具体的な働きを解明することを目的に、VNを持たないマウスに肝障害を誘導し、その病態を解析することで、VNが病気の過程でどのように作用しているのかを明らかにしようとしています。最終的には、VNの働きを明らかにすることで、肝障害に対する新しい治療法の発見に少しでも貢献したいと考えています。

研究生活はどうですか?

もともと、人の健康に関わるような研究がしたいという思いがあり、宮本研究室を選びました。先生はとても優しく丁寧に相談にのってくださいますし、間違えても「そこから何かが生まれるかもしれない」と受け止めてくれる雰囲気があり、安心して研究ができています。研究生活はマウスの飼育や日々の雑務など、研究以外の作業も多くて大変です。でも、そうした地道な積み重ねがあるからこそ、研究が成り立つのだと実感しています。予想と異なる結果が出ても、それを丁寧に追いかけていく過程にこそ、研究の面白さがあると感じています。

研究を志す高校生へメッセージをお願いします。

研究をしていると、思い通りにいかないことがたくさんあります。それでも、自分がやりたいと思ったことなら、失敗しても前を向けるし、挑戦し続けられます。高校生のうちは、行事や部活などにもどんどん関わって、自分の「やりたいこと」をたくさん経験してみてほしいです。そうした時間はあとからきっと活きてきますし、そこで得られた「失敗や挫折から復活する力」はどんな物事にも通じると思っています。だからこそ、高校生のみなさんには自分の好奇心や興味に正直に向き合って、広くいろんな世界を見てほしいですね。

山下茉佑(やました・まゆ)

お茶の水女子大学 人間文化創成科学研究科 ライフサイエンス専攻 生命科学コース 博士前期課程2年

研究テーマ「肝障害進行に及ぼす細胞外マトリックス分子ビトロネクチンの役割」
月に2~3回、海外の料理を食べに行くのを楽しみにしています。特にタイ料理が大好きです。海外旅行も好きです!

高田 彩羽さんTakada Ayaha

いま取り組んでいる研究・実験内容を教えてください。

私はマウスを用いて小脳という脳の一部分について研究しています。小脳は後頭部あたりにある器官で、複数の運動を調節してスムーズにする役割を担っています。例えば歩くという動作では、足を出す動きと腕を振る動きをバランス良よく同時に行う必要があります。小脳はこれらの複数の動きをうまく組み合わせる機能を持っています。小脳の神経細胞は未熟な状態のときに増殖し、その後機能を身につけて成熟した神経細胞となります。私は神経細胞が「増殖状態」から「機能を身につけた状態」に変化する時に関与するタンパク質の働きを調査しています。この研究を通して小脳が正しい神経回路をつくり出す仕組みを解明することに貢献したいと考えています。

研究生活はどうですか?

動物や細胞に興味があり、宮本研究室を選びました。実験では、生後6日目のマウスの小脳から細胞を取り出して培養し、染色して、変化を観察しています。顕微鏡で一つひとつの細胞をカウントする作業はとても地道で、1視野あたり200〜300個の細胞を数えることもあって大変です。でも私は、パソコンに向かってデータを処理するより、手を動かして実験する方が好きで、時間も根気もかかるけれど、自分の手でデータを集めて少しずつ結果が見えてくると、やっぱり楽しいなと思います。

研究を志す高校生へメッセージをお願いします。

高校生のころは、実は化学系の学科に興味がありました。でも、進路を決めるときに生物を選んでみたら思っていたよりずっと楽しくて、「こっちの方が合ってるかも」と思いました。最初から全部が見えているわけじゃないから、もし少しでも興味があるなら、やってみるのがいいと思います。今は違うことに夢中でも、案外、別の分野に興味が広がることってあるんですよね。大学のオープンキャンパスやオープンラボに足を運んでみると、雰囲気もわかるし、「違うな」と思ったとしても、それもひとつの発見です。だから、興味があるなら積極的に動いてみることをおすすめします。

高田彩羽(たかだ・あやは)

お茶の水女子大学 人間文化創成科学研究科ライフサイエンス専攻生命科学コース 博士前期課程1年

 研究テーマ「細胞外マトリックスによる小脳顆粒神経細胞分化の制御」
 世界遺産を勉強するのがとても好きです!卒業旅行でイタリア、スペインに行って世界遺産を見学し、歴史的背景や何がすごいのか?を勉強したいなと強く思い、情報収集を開始しました。

■研究室紹介
お茶の水女子大学ヒューマンライフサイエンス研究所 宮本研究室(動物分子細胞生物学分野)


多細胞動物は、細胞外マトリックスと呼ばれる物質により、物理的に維持されています。それだけでなく、細胞外マトリックスは、細胞の増殖や分化を制御しています。宮本研究室では特に、神経細胞の分化、突起形成、また損傷修復への細胞外マトリックスの役割に着目して研究を進めています。

(取材実施 2025年6月)

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