コラム
2022.09.08
好きなこと、やりたいことを仕事にするためには? ~創薬研究所の皆さんに聞いてみた
神奈川県川崎市の臨海部にヘルステック、バイオテックのベンチャー企業や公共研究施設が70ほど立ち並ぶ、殿町キングスカイフロントと呼ばれるエリアがあります。
その中にある川崎市産業振興財団ナノ医療イノベーションセンター(通称:iCONM)では創薬に必要な有機合成、細胞実験、動物実験までを行える高度な設備が整い、多くの研究者が日々研究を行っています。
研究の計画を立てる人、機器整備を管理する人、実験を進行管理する人、研究成果を社会に向けて情報公開する人、研究成果の実用化に向けて企業と交渉する人など、様々な役割の方が参画することで研究所は成り立っています。
今回はiCONMに関わっている6名の方に登場いただき、どのようなキャリアを経て、今の道に進んできたのか、そして今、研究所でどんな仕事をしているのかを聞きました。
今回ご紹介する皆さん
内田 智士さん 医学研究者(iCONM主幹研究員/京都府立医科大学准教授)
持田 祐希さん 工学研究者(iCONM主任研究員)
苅谷 遊子さん 獣医師(iCONM研究施設管理者)
伊達 雄亮さん (iCONMプロジェクト企画者)
髙橋 亘さん (iCONM知財マネージャー)
島﨑 眞さん (iCONMコミュニケーションマネージャー)
mRNAワクチンの研究開発と医学部教員をかけもち 北海道で夜間外来の診療も
医学研究者 内田 智士さん
今の仕事:iCONM主幹研究員/京都府立医科大学准教授
経歴
生誕地はオーストリアのウィーン。京都で幼少期を過ごした。医学部を卒業後、2年間の初期臨床研修を経て研究に軸足を移す。大学院医学系研究科を修了後、医学系と工学系の両方で大学教員を経験。2022年3月にコロナウイルスワクチンでもお馴染みのmRNA医薬を開発するベンチャー企業を設立した。
「代々医者の家系だったので、子どもの頃からいずれ医者になるものだと思っていました。医学部に進学して、臨床も研究も両方やりたかったが、今の軸足は研究に置こうという考えになった」
現在の仕事内容
医学部の大学教員として講義を行っています。片や研究者としては論文を書いたり、川崎のiCONMのメンバーとディスカッションしたりして研究を進めています。
研究者というのは世界が競争相手なのでプレッシャーもあります。しかし良いアイデアを思いついたときの喜びは大きいです。
また月に4日、北海道釧路市で医師として夜間の救急外来を担当しています。僻地では医師が不足しているので手助けになればと思っています。
内田 智士さんの一日
化学合成と動物実験を繰り返し論文執筆まで スケジュールを上手くコントロール
工学研究者 持田 祐希さん
今の仕事:iCONM主任研究員
経歴
鳥取県境港市出身。東京大学大学院工学系研究科で博士(工学)を取得した後、同大学大学院医学研究科にて研究員を経験し、その後、iCONMに異動し、主任研究員としてナノ医療の実現に向けた研究を進めている。
「幼い頃から物作りが好きでした。中学では世の中の現象を数式化する物理が好きでしたが、高校の頃に生物、化学、物理それぞれの奥深さに惹かれました。また倫理的に幸福とは何かということも気になるようになり、多くの人の命を救う薬をつくる仕事に就きたいと考えるようになりました。
かといって薬剤師や医師でもなく、徹底的に幅広く学ぶことで選択肢を広げることを考えました」
現在の仕事内容
一日の主な流れとしては研究員として化学合成実験~動物実験~化学合成を手掛けるほか、論文などの執筆をおこなっている。並行して進めるプロジェクトが複数あるのでスケジュールを上手くコントロールしている。ある日は化学合成、ある日は生物実験など。時間の管理と人のマネジメントには日常的に苦労があります。
企業の研究職ではなくiCONMを選んだことで、役に立つ研究と同時に真理の追究ができます。
自分の作った薬でがんが消えたなど、成果が出たときにやり甲斐を感じます。
持田 祐希さんの一日
動物行動学に興味を持ったことから獣医師免許の資格をとり、実験動物の管理に携わる
獣医師 苅谷 遊子さん
今の仕事:iCONM研究施設管理者
経歴
岡山県出身。東京大学農学部卒(学士)。獣医師免許取得後、実験動物中央研究所、東京大学勤務を経て2015年よりiCONM研究支援専門職員として従事。
「獣医師免許を取ろうとした背景は、中学生のときにコンラート・ローレンツ著『ソロモンの指環』を読み、動物行動学に興味を持ったことに始まります。大学は農学部に進学、獣医学科で獣医師免許を取得しました。
卒業後は実験動物研究所に入所し、マウス・ラットなど実験動物の管理を行っていました。その後iCONMに入所します。」
現在の仕事内容
iCONMでは実験室の管理、動物実験の管理を担当しています。行われている実験が法律に則っているかどうかの確認から、実験システム機器、実験動物の管理や利用者からの対応など。入居している企業の使用料の経理処理もしています。
カスタマーサポート時に利用者から感謝されたときに喜びを感じます。
苅谷 遊子さんの一日
個人の研究だけでなく、他の研究者の計画をまとめることが仕事の魅力
伊達 雄亮さん
今の仕事:iCONMプロジェクト企画者
経歴
兵庫県明石市出身。大学院数理物質科学研究科を修了後、化学メーカー研究職を経て、日本科学未来館科学コミュニケーターに着任。展示フロアでの対話、執筆、イベント企画を通じて「科学を伝え、人を繋ぎ、新たな未来の姿を描く」活動に従事。2022年よりiCONMに着任。
「父が研究者だったこともあり、大学では工学を学び、はじめの就職先はメーカーの研究開発職としておむつを作っていました。その後世界中を旅してゲストハウスを巡りました。多くの人に会って刺激を受け、色々な人と話すことが好きだということに気付きました。
日本科学未来館に転職してから、人の研究をサポートする役割、方法があることに気付きました。iCONMには魅力的な人が多いことを知っていたので、転職して今に至ります」
現在の仕事内容
研究開発を行っている人をサポートする業務です。研究というものは計画を立てて行わないと目的を見失うこともあります。参加する方々、運営する川崎市側のやりたいこと、それらの意見をすり合せてプロジェクトとして計画を立てていくのが役割です。色々な人の意見を併せてプロジェクトを完成させることに喜びを感じます。
伊達 雄亮さんの一日
研究成果を知的財産として守るため 特許を出すことは重要な仕事
髙橋 亘さん
今の仕事:iCONM知財マネージャー
経歴
東京・日本橋の出身。大学院の生命科学専攻を修了後、大手化学メーカーの製薬部門に入社。創薬研究所長、知財部長、オープンイノベーション部長を務め、2017年にiCONMに出向。会社を定年退職後、iCOMNに知財マネージャーとして移籍。
「40年前、世界的に食糧危機、難民問題が起こりはじめた時代で、その頃に人工的に食べ物・タンパク質などを作ることができたら解決できるのではとタンパク合成などを研究できる大学を選びました。
当時は花形スターのような合成化学者が活躍していた時代で、芸術のような有機合成化学研究に魅了され、製薬会社に入社しました」
現在の仕事内容
製薬会社での経験を活かして知財(知的財産権)を担当しています。世界の特許の情報をリサーチしたり、研究者と特許の相談会をおこなったり、特許庁に出すための手続きを行っています。
特許は発明を使う権利では無く、他に真似させないことを国が権利を保証するものです。世界で初めての発明だけが得られるもので、研究所の成果を守るために重要です。製薬会社にいた時に、自分が発明した医薬品が他社から訴えられてピンチに陥ったことがありますが、その時の経験がいまの特許業務に役立っています。
高橋 亘さんの一日
薬剤師として研究職の経験を活かした広報活動を
薬剤師 島﨑 眞さん
今の仕事:iCONMコミュニケーションマネージャー(広報担当)
経歴
川崎市川崎区(現iCONMの所在地も川崎区)の出身。大学院薬学研究科を修了後、大学で生薬学を教える。カリフォルニア州サンディエゴに2年間留学。その後、製薬企業の研究所に就職したものの、8年後に研究所が閉鎖され広報部に異動。それ以来20年間、薬の広報に携わっている。
「子どもの頃から理科の実験が好きで、『学研の科学』を読むのが好きでした。薬をつくる科学者になりたいと思い、大学は薬学部に入りました。
製薬会社に研究職として入社したのに研究所が閉鎖となり、辞めようかと考えていたところに広報への異動を任命され、受け身では無く「攻める広報」をやってほしいと言われました。
製薬会社が伝えるべき内容は科学なので広報もサイエンスが分かる人間がやることで、難しいことを分かりやすく理解させることができるのです」
現在の仕事内容
広報の仕事は外に情報を発信するだけでなく、日々の報道から情報を集め、関係者にシェアする役割もあります。メディア関係者に向けて今の研究をどのように発信するべきか戦略を立てることも仕事です。
新聞記者に内容が理解されて記事になって、患者さんから感謝されることもあり、この仕事にやり甲斐を感じます。
島﨑 眞さんの一日
まとめ
いかがでしたか?
サイエンスのプロフェッショナルがどんな仕事をして、なぜこの道を選んだのか? その一例をご紹介しました。
世の中には皆さんが想像しているよりもたくさんの仕事があります。学びを深め、見聞を広めることで何通りもの道が拓けていきます。夢を持って色々なことにチャレンジしていってください。
※2022年7月30日にiCONM主催で開催された中学生・高校生対象の市民公開講座「先輩の経験談に学ぶあなたの未来デザイン」の内容から構成しました。
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