サイエンスの仕事の現場
2022.11.09
研究にはさまざまな立場の人が関わっており、それぞれ誇りを持って仕事をしている
【第10回】
ナノ医療イノベーションセンター(iCONM)苅谷 遊子さんKariya Yuko
創薬研究所で動物実験施設を管理している苅谷さんにお話を伺いました。
現在の仕事を選んだきっかけを教えてください。
中学生の時に、動物行動学者のコンラート・ローレンツが書いた『ソロモンの指環』を読んで、動物行動学に興味を持ち、農学部の獣医学課程に進学しました。
大学時代は臨床よりも基礎研究に興味があったので、基礎系の研究室に進み、人工的に遺伝子を改変したマウス「トランスジェニックマウス」を作製し、遺伝子の機能やマウスの行動を分析していました。トランスジェニックマウスの遺伝子の機能を解明することで、例えばヒトの認知症やうつ病などの発症のメカニズムを明らかにしたり、治療薬の開発に役立てたりしていきます。
実験を成功させるためには、安定した実験動物を供給することが必要不可欠で、そのためには相性のいいマウスを交配することが求められます。
卒業後は、実験動物中央研究所に入職し、実験動物の作製や動物実験の開発について多くのことを学びました。
転機が訪れたのが3年後のことです。東京大学工学部に動物実験用の施設をつくる話が持ち上がり、私はそのプロジェクトメンバーの一員になりました。その当時は工学部で開発した機器や材料を医療に転用するということが少なく、医学部と工学部が共同で研究することは珍しいことでした。
その後、2015年に医工連携プロジェクトを中心的な立場で推進していた片岡一則先生(現・iCONMセンター長)がiCONMの設立に関わることになり、私を含めメンバーごと移籍しました。
iCONMってどんな研究施設なんですか?
「川崎市産業振興財団」に所属する公的研究機関で、産学官のさまざまな分野の研究者が一つ屋根の下に集い、革新的な研究に取り組んでいます。
iCONMでは、ウイルスとほぼ同じ大きさのナノマシン(診断や治療などの医療機能をもった医療機器)を体内に入れ、自動で病気の発見から診断、治療までを行うシステム「体内病院」のプロジェクトを進めています。
また、さまざまな大学や企業、研究者が施設に入居しており、オープンスペースや共有スペースを使ったり、最新の実験機器も共同利用して頂いています。
iCONMではどのような仕事をしているのですか。
動物実験施設や実験機器の管理です。iCONMはゼロから立上げに関わりましたので、枠組みをつくるのには苦労しました。
動物実験用の施設をつくるには、動物愛護管理法の中に盛り込まれている動物実験の基本理念である3Rを踏まえたルールをつくらないといけません。
3Rとは Replacement(代替)、Reduction(削減)、Refinement(洗練)の頭文字をとったもので、それぞれ、
「細胞を使ったり、コンピューターシミュレーションしたりして、なるべく動物でないものを使って実験をする」
「実験方法を工夫したり、予備検討を十分行ったりして、実験に使う動物の数を減らす」
「正確な注射の手技を身につけたり、麻酔を使ったりして、動物の苦痛やストレスを減らす」
ことを表します。
通常の業務では実験動物のコンディションを保つため、室内の温度・湿度、換気や照度などの管理も行っています。
「マウスの活動が低下しているが、病気ではないか」「どの系統のマウスを実験に用いるのが適しているのか」といった研究者からの相談にも対応しています。
高校生に向けてメッセージをお願いします。
研究者、研究を指導する人、実験動物を管理している人、実験機器や試薬を製造している企業(人)といったように、研究にはさまざまな立場の人が関わっており、どれか一つ欠けても新しい発見を見いだすことはできません。
研究者のように表舞台に立てなくても、みなさんそれぞれ仕事に誇りを持たれています。自分の性格や志向に合わせて職業を選択するのもいいでしょう。
苅谷 遊子(かりや・ゆうこ)
公益財団法人川崎市産業振興財団 ナノ医療イノベーションセンター(iCONM)
実験室管理グループ 研究支援専門職員 獣医師
東京大学農学部卒業。獣医師免許取得後、実験動物中央研究所に入職。2007年、東京大学に移り、工学部の動物実験室の設立に関わる。2015年よりナノ医療イノベーションセンター研究支援専門職員として従事する。通勤時間には読書をして過ごす。好きな作家はウイリアム・フォークナー。
(取材実施:2022年10月)
公益財団法人川崎市産業振興財団 ナノ医療イノベーションセンター(略称:iCONM)
神奈川県川崎市の臨海部にあるヘルスケア関連のベンチャー企業や開発施設が集約されたエリア、殿町キングスカイフロントに拠点がある。
創薬に必要な有機合成、細胞実験、動物実験までを行える高度な設備を整えた研究施設。企業、大学などが多数参加し、「体内病院」開発プロジェクトをはじめとする研究開発が行われている。
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